読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ツギトリ

実際的な出版流通に即しつつも突飛で無責任なご提案。

最終奥義「書雑習合」

ツギトリ、最初にして最大のご提案。

要約

合理化による業務改善は基本のキ。書籍と雑誌を統合しちゃえ。

日出処の本

書店に流通する「本」には、大きくわけて二種類あります。何を隠そう「雑誌」「書籍」です。他に、それ以外の「第三商材」と呼ばれるようなものも流通しますが、それが第三と呼ばれるように、この二種類が中心です。

歴史的には、先ず雑誌の流通網があり、そこに書籍が乗っかる形で現在の出版流通が成立した、そうです。

出版を巡る統計も、書籍と雑誌にわけて計上され、流通上も違う伝票やシステムが用いられます。新刊雑誌はビニール袋に梱包され、書籍はダンボールのケースに入れられ、と、荷姿も違いますね。そして勿論、本そのものの見た目も中身も違います。

しかしながら、雑誌とは、書籍とは、結局のところ何でしょう。その定義とは?

雑誌とは何か

先ず思い浮かぶのは「定期刊行物であること」です。週刊、月刊、季刊、はたまた不定期刊などなど。周期は様々ですが、ある雑誌名のもと継続的に「号」が刊行されます。「号」は多くの場合、時を意味し、多くの場合、店頭に並ぶのは最新号のみです。バックナンバーを取り寄せることもありますが、過去の号は入手が難しくなりますし、そもそもあまり需要はありません。

あと、雑誌という字から考えて「内容が雑多であること」もその特徴です。単一の著者による雑誌というのは、あまり見かけません。まあ最近は「某責任編集」といった形で雑誌全体が特定の著者一色、というのはありますが、その場合も収録されている記事の方向性は雑多なはずです。

他には、単に見た目も違いますね。雑誌は書籍に較べれば、簡易な製本で、例えばカバーはありません。雑誌には広告も載っています。そのせいもあって書籍に較べて廉価です。

ともあれ、雑誌は見た目で何となく雑誌とわかります。

書籍とは何か

……まあ、これは「雑誌以外の普通の本」ですね。大別して二種類ですから、雑誌じゃない本は書籍です。ということにしておきましょう。

ひらけ! 雑誌と書籍!

さて、話は雑誌に戻りますが、よく知られている通り、前述した定義にあてはまらない雑誌も実際に多数あります。単体のみ刊行されたり、また単一の著者が単一の記事をあつかったり、と。カバーのある雑誌だってあります。なので、一般的な意味で厳密に「雑誌」は定義するのが難しい。

しかしながら、流通上の観点からは「何が雑誌」かの定義は極めて明確です。「雑誌コード」があるものが雑誌です。雑誌コードの無い雑誌、というものは、流通的な意味では、存在しません。もし、雑誌コードを持っている猫がいれば、それは猫であり雑誌とも言えます。

週刊少年ジャンプは「雑誌」ですね。雑誌コードがあります(29931)。では、週刊少年ジャンプの看板漫画「ワンピース」の連載をまとめた単行本は「書籍」でしょうか。ワンピースは尾田栄一郎による作品で、内容もワンピース一色、また長期に渡って読まれます。どうみても書籍のようですが、よく知られている通り実は「雑誌」です(81巻は47414)。多くのコミック単行本は雑誌です。

文庫は? 新潮文庫は毎月日刊行。本には番号が振り分けられている。軽装にして廉価。あれも実は「新潮文庫」「角川文庫」という雑誌なのでしょうか? いや、文庫は書籍でした。

雑誌扱いの書籍を「ムック」といいます。赤色雪男のことではなく、ブックとマガジンの合成でムック。といっても完全なハーフではなく、雑誌扱い、なので、明確に雑誌だといえます。

逆に書籍扱いの雑誌のことをガチャピン……とは言いません。ブッマガとも言わず、これは単に書籍扱いなだけで特に名称は無いようです(個人的にはガチャピンと呼んでいますが)。そもそも「書籍扱い雑誌」とも言われません。が、例えば大田出版のカルチャー月刊誌「クイックジャパン」などはそうです(もっと一般的な例もあったかと思いますが今思いつくのこれくらい)。

多くのコミックが雑誌扱いと前述しましたが「書籍扱いコミック」は一定数あります。これは、書店頭で貼り出される「発売一覧」にも、区分けして表示されるため、一般読者にも比較的馴染みのある用語ですね。

書雑習合

……と、長々と「書籍」と「雑誌」について連ねてきましたが、何が言いたいのかと言うと「もう、その区別やめようぜ」ということです。

書籍と雑誌が、形式的に完全分離しているならともかく、前述の通りそうでもない。ならば、かつて神と仏を習合したように、一緒にしてしまえば、流通における手間も軽減するというもの。本地垂迹天照大神大日如来といった按配で、おれがあいつであいつがおれで書籍も雑誌もつまるところ「本」

こういうと「いや、雑誌と書籍は違うんだ」という話になるでしょうが、おにぎりとおむすびだって、当人に言わせれば全く違う代物でしょうが、その差を追い求めてコンビニで売り場を二箇所確保するってのは手間な話です。

他にも多分、返品期限やら正味の問題なんかもあるんでしょうが、宇宙も開闢はや138億年目、種別で区分するより、1冊1冊にコードを与え(雑誌にISBNをつけるも良し、書籍に雑誌コードをつけるも良し、新たなるコードを与えるもよし)それらを設定すれば良いだけの話。

本の売上が減少する中、雑誌だ書籍だと内部分裂している余裕はないはずです。ここは一つ、宇宙人が攻めてきた、ということで、資本主義も共産主義も手を取り合って、総力戦と洒落こみましょう。

それよりかむしろ、流通上はひたすら「判型」のみ区分していけば合理的ではないでしょうか。内容的な種別ではなく。これはまた別の機会に。